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富田メモ解釈に重大疑惑

 2006年8月3日の日本経済新聞に、富田メモ4月28日の一枚目の写真が掲載された。そして、「それが私の心だ」が昭和天皇の言葉ではない可能性を示唆する重大な数字がこの写真に写っていたのである。これは広く周知され検証されるべき重大な事柄であると思われるので、ブログ記事を書いておくことにした。

 
 

 まずは日経8月3日の記事の転載。

1978年から十年間、宮内庁長官を務めた富田朝彦氏は晩年の昭和天皇が最も信頼した側近の一人だった。富田氏が残した日記、手帳 ( 富田メモ ) には天皇が政治、経済の話題や自身の健康、皇族がかかわる問題などについて語った率直な思いが随所に見られる。公の発言に気を配らなければならない天皇の晩年を支え、よき聞き役となった富田氏。二人の十年の軌跡を追う。

  戦争・靖国、何度も話題に

 宮内庁長官の重要な職務の一つは天皇の呼び出し(「お召し」)に応じて、必要事項を報告・説明する「言上」。通常、言上は天皇と長官の「一対一」の形式をとる。昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に言及したのが88年4月28日の言上時だった。

 当日の富田メモは計4枚。一枚目の書きだしに「63.4.28 1117-1153 (吹上) 」とあり、富田氏が午前11時17分から同11時53分までの間、吹上御所で昭和天皇と会ったことが記されている。スケジュールを書き留めた別の手帳にも同日午前に言上と丸で囲んだ表記がある。

 メモ四枚のうち一、二枚目はこの年の三月に腸の手術を受けた昭和天皇の三女、鷹司和子さんの退院の見通しなど、報告内容の個条書きとなっている。

 次いでこの日、最大の話題の天皇誕生日前の記者会見に話が移る。冒頭に「Press との会見」とある三枚目のメモには会見についての天皇の感想が生の言葉でつづられており、それが靖国神社のA級戦犯合祀に言及するきっかけとなった。

 29日の誕生日前の宮内記者会との会見は数日前に行われるのが通例で、88年は25日に実施。昭和天皇は翌年一月に崩御したため、最後の記者会見となった。

 まず前年(87年)の会見を振り返り「高松(宮)薨去(こうきょ)間もないときで心も重かった」「メモで返答したのでごつごつしていたと思う」(この年の会見はメモを読み上げる形だった)などが書かれている。

 続けて88年の会見について「戦争の感想を問われ、嫌な気持ちを表現した――」「“嫌だ”と言ったのは ( 当時の閣僚の名)の靖国発言中国への言及にひっかけて言った積(も)りである」などとある。当時、閣僚の発言に中国が反発したことがあり、これを気にかけていことがうかがえる。

 当時の一部報道によると宮内庁内部で打ち合わせていた回答原案では、「つらい思い出」と表現する予定だったが、天皇が「嫌な」と言い換えていた。その真意については定かでなかった。

 これを受けて四枚目のメモで「前にあったね」として、過去にも首相の靖国神社公式参拝や数年前の閣僚の戦争に関する発言に触れている。この話の流れの中で、メモ後半部分に「私は或る時に A級が合祀され――だから私はあれ以来参拝していない それが私の心だ」などとする靖国不参拝の理由を述べた発言が記述されていた。

 記者会見では事前に提でされた質問の後、記者が自由に質問する「関連質問」があり、この年の会見で「戦争の最大の原因は」と問われた天皇は「人物の批判になるので述べることは避けたいと答えている。四枚目のメモの末尾に「関連質問 関係者もおり批判になるの意」とあり、この事実と符合している。

 この年の5月20日のメモにも「靖国のことは多く相当の者も知らぬ。長官が何かの形でやってほしいとあるほか、86年7月23日付の日記で「靖国のこと、教科書問題などでお召し言上しきりである」などの記述がある。これらの問題について昭和天皇が常に気に掛けていたことがうかがえる。このメモは天皇と富田氏の信頼の証しであるかもしれない。

 富田氏のスケジュール手帳には一日ごとに、会った人たちの名がこまめに記されている。それによると、88年4月28日に富田氏が会ったのは午前中に外務次官と昭和天皇、午後は皇太子(いまの天皇陛下)、夜は新聞記者の取材を受けている。それ以外の名は一切、記載されていない。
 
    ※赤太文字は和空による強調。

富田メモ28日1ページ
 
 

 次に、4月26日のメモと4月28日のメモ①③④を判読したものを挙げておく。一部に判読の間違いがあるかもしれない。なお、?や?は判読できなかった文字。赤太文字は和空による強調。

 

**********************

    
皇太子とバラの間   4.26 1425-1450
○李?韓国大使
  ??省兼任前公???PV云々と??
○礼宮 PV時 L.A

    ( 和田勇(80)氏 )
     日系人引退者ホーム立寄時

   首席随員  角谷

   英国修学  影井元伊大使

○外務次官

  賀陽所長のこと
  両参与の意見を求めて欲しい

○ cl??ity Bowl 時 (Mrs. Aba)
 浩宮   dignity ? elegance
      ☆ you??fulness
 ??? while ????.

◎ 大相撲夏場所 行幸見合せ
 決定の背景と経緯について
 知りたしと


**********************

  63.4.28 1117-1153 (吹上)

1 鷹司さん  5月10日ご退院のこと
    徳川 住居??に
   お慶びを
        1205 上野??
         ???官に依頼
3 礼宮 ◎陛下も承知し喜んでいる
      伝えて欲しい
   ブラジルPVは角谷前比大使
    首席に (角谷大使のこと)
    英国修学時 (浩宮時の
   中川元ソ大使に相当)は、
???  影井元伊大使(?PV時
大使の女 夫人屡々随員に)

2 先日 宮中記者クラブお会い
   クラブの感想について

   沖縄

2′4.29. 30  国民の??


**********************

63.4.28の②は未公開


********************

63.4.28  ③
    
☆Pressの会見
〔1〕昨年は 
①高松薨去間もないときで
心も重かった 
②メモで返答したのでごつごつ
していたと思う 
③4.29に吐瀉したが その前で
やはり体調が充分でなかった 
それで長官に今年はの記者の
印象があったのであろう 
 =②については記者も申して
おりました         
                    
〔2〕戦争の感想を問われ
嫌な気持を表現したかったが
それは后で云いたい  
 そして戦后国民が努力して
平和の確立につとめてくれた
ことを云いたかった    
  "嫌だ"と云ったのは 奥野国土相
の靖国発言中国への言及にひっかけて
云った積りである


**********************

4.28 ④


余 
り 
閣 
僚 
も 
知 
ら 
ず 
そ 
う 
で 
す 
が 
か 
多 
い 
 前にあったね どうしたのだろう
 中曽根の靖国参拝もあったか
 藤尾(文相)の発言。
=奧野は藤尾と違うと思うが
 バランス感覚のことと思う
 単純な復古ではないとも

 私は 或る時に、A級が
 合祀され その上松岡、白取
 までもが、
  筑波は慎重に対処して
 くれたと聞いたが。
 松平の子の今の宮司がどう考
 えたのか 易々と
  松平は 平和に強い考が
 あったと思うのに 親の心子知
 らずと思っている
  だから 私あれ以来参拝
 していない。それが私の心だ
・干連質問 干係者もおり批判になるの意


************************

 

 私としては、4月28日メモの一枚目の“1205”という数字が非常に気になる。12時05分の意味ではなかろうか。そうすると、吹上御所での言上に関する記録は最初の3行のみという可能性もある。退院とか転居の話は、話しだすと結構長くなるものである。12分で吹上御所から上野まで行くのはちょっと無理かとは思うが、上野は人名かもしれない。とくに:を入れずに4桁の数字で時刻を表記しているところを見ると、1205も時刻を意味していると考えるのが自然である。ただし、この1205の箇所の詰まり具合からいって後から書き加えた可能性も残っている。

 また、26日の皇太子との会見は25分でメモ約一枚の分量になっているから、36分の言上でメモ約一枚を使うというのは妥当な長さであり、この一枚目が全て言上時の内容だったとしても、四枚全てが言上時の内容であるとするのには分量が多すぎるようにも思える。

 メモ一枚目の「◎陛下も承知し喜んでいる 伝えて欲しい」は何を承知しているのか。この場所からいって礼宮のことを意味しているように思われるが、あるいは鷹司さん退院の件か、徳川侍従長の住居に関することか。いずれにせよ富田長官がメモにも“陛下”という言葉を使っている点は見逃せない。26日のメモでも「◎ 大相撲夏場所 行幸見合せ 決定の背景と経緯について 知りたしと」と“行幸”という特別な言葉を使っている。したがって、陛下に関して行幸や御親拝などではなく「参拝していない」という言葉を使ったり、「それが私の心だ」というようなぶっきらぼうな書き方でメモをしたのか疑問である。

 また、26日のメモでも皇太子と会って礼宮の話をしているし、この当時それについてしばしば皇太子と話し合っていたのではあるまいか。数日後に同じことを話すというのも変かもしれないが、26日に提案し28日に内定したという可能性もある。それに、吹上御所では昭和天皇の三女・鷹司和子さんの退院の話をし、皇太子(現在の今上天皇)とは礼宮に関する話をするというのはむしろ自然である。

 一枚目のメモにおいて、1鷹司さん 3礼宮 2先日…… というように順番が狂っていることも気になる。忘れないうちに重要な3を先に書いておいたという可能性はある。二枚目のメモに4や5があるならば、一枚目は全て吹上御所での言上記録と考えられる。もし二枚目のメモに1があるならば、そこからが皇太子との会見であるか、または礼宮の件から3→2→1の順で皇太子との会見メモをとったのだと思われる。

 さて、以上のように“1205”の後は、午後に行われた皇太子との会見内容とも見なせそうであり、また、富田長官は4月28日の夜には新聞記者と会見している。ということは、28日メモの一枚目がすべて吹上御所での言上記録だったとしても、二枚目には皇太子(現在の今上陛下)との会見内容があるのかもしれない。あるいは二枚目も言上の続きで(当時)皇太子との会見内容はほんとど抜けているのかもしれない。そして、三枚目と四枚目には夜の新聞記者との会見の内容だと想定することもできる。

 昭和天皇が再び新聞記者と会見することはありそうもないから、富田長官が昭和天皇の発言について説明をしたものだろう。そして、そこには富田長官の個人的な意見が少なからず混入していた可能性がある。

 もしも四枚目まですべて吹上御所での言上記録だったとするならば、五枚目に皇太子との会見内容がなければならないが、《富田メモの画像》から判断して五枚目はありそうもない。26日には皇太子との会見内容がメモされているのだから、28日の皇太子との会見内容もメモされていて然るべきである。以上のことから考えて、たぶん三枚目と四枚目は富田長官が夜に新聞記者と会見した内容であろう。

 以上は推測にすぎないから、まずは日経は二枚目のメモも公表すべきである。

 ところで、この富田メモは、メモだから敬称は一切つけないという方針だったかもしれない。少なくとも28日の一枚目のメモで徳川義寛侍従長(1906年生まれ)を「徳川」と呼び捨てにして記録しているのだから、他の目上の人々を呼び捨てにして記録してもおかしくない。名前に敬称を省略して記録したならば、敬称の使い方から発言者を限定していくことは無理である。

 「松平の子」という表現は、たしかに年上の人間には使いにくいかもしれない。しかし、たとえば「阿南惟幾の息子なのに、なんであんな行動をとるんだろう?」というような批判的表現は、年上に対しても平気で使うだろうと思われる。←某ブログのコメント欄で見たことがある。これが誰を意味しているか、右寄りの人はすぐわかりますね。(^^ゞ

 かくして「それが私の心だ」が誰の言葉なのか、もう一度ふりだしに戻って検証すべきではないかと思う。

 
 
 
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