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「朝まで生テレビ」を見て ~皇位継承を考える(15)~

 皇位継承問題でごちゃごちゃ議論していた2月の「朝まで生テレビ」について、いまごろ書きます。(^^;

 
 

側室から生まれた(庶系の)天皇の数

 高森明勅らが、天皇125代のうち59代が側室(庶系)の子だと主張していた。しかし、「だから側室制度がないと天皇制は維持できない」というのはウソである。私が調べたところでは皇后以外の子が皇位を継承した例はもう少し多いが、そもそも正室がいるから「側室」と呼ばれるのではなかろうか。そもそも皇后がいない天皇もいたので、正室(皇后)がいるにもかかわらず側室(女御など)の子が天皇になった場合を数えると、31例である。(2006年4月2日補足:ちなみに、中宮は実際には皇后であり、また皇后が二人いる場合や、女帝・明正天皇を産んだ場合は男系が切れるので、それはどうカウントするのかなど、31例というのも実際には正確でない。)

 あとで一覧表を提示するが、まずはそこに出てくる用語から解説しておこう。

 律令(後宮職員令)によると、後宮(いわゆる大奥)には夫人2人、妃3人、嬪5人まで置けることになっている。しかし誰でもいいというわけではなく、ちゃんと位がある。夫人は三位以上、妃は四位以上、嬪は五位以上。令制では、妃は品位ほんいをもちうる内親王にかぎられた。その上の皇后も内親王がなると考えられていたが、詔して藤原光明子を立后にして以降、内親王以外も皇后になるようになった。だから、現代のように民間人でも誰でもいいというのと違って、昔は皇后のなり手が非常に少なかったという可能性も十分にある。

 令制の妃・夫人・嬪は、醍醐朝の妃為子内親王を最後として消滅し、桓武朝から姿を現わした更衣・女御が次第にこれにとって代わった。また、令制では、中宮は皇后の宮・居所の称で、太皇太后・皇太后の宮にも通用したが、やがて皇后ないし三后の称にも用いるとされた。のちに皇太夫人の別称となり、醍醐天皇の養母・藤原温子まで続いた。その後、中宮は皇后だけの別称となったが、一条天皇の時代に藤原定子・藤原彰子という二人の皇后が立つに及んで、新立の皇后を中宮、先立の皇后を皇后宮(略して皇后)と称するのが慣例となった。

 後宮には、宮人くうにんという職員、いわゆる女官がいる。そのなかの内侍ないしのかみは、後宮で天皇への取り次ぎなど日常生活のお世話をする役職である。典侍ないしのすけは、それに準ずる役職で、官位はないが俸祿は准従六位、のちに准従四位として遇された。また、采女うねめとは、郡の少領以上の姉妹および女で、13歳以上30歳以下の形容端正なる者と規定され、おもに食事係である。

 皇后でない女性から生まれた天皇といっても、後宮職員や女御の子である。そして、そのほとんどが藤原氏の娘だったりするわけである。天皇は、いわば藤原芸能プロダクションのセクシー美女軍団にいつも囲まれていたようなものだろう。あるいは典侍を秘書のようなものと考えれば、美人秘書兼愛人がいつも侍っていたということなのだろう。あはは、男の夢だ。ヘ(_ _ヘ)☆\(^^;)

 で、当時は一夫一婦制ではなかったので、いわば出来ちゃった婚みたいなものである。何人かできちゃったら、あとは要らない。あまり多いと養うのが大変だからである。できすぎちゃったらリストラするしかないので、昔は○○源氏のように賜姓して臣籍降下という方法をとっていた。かくして、女御が何人も皇子を産んだから皇后は産まなくてもよろしいということにもなる。実際、出産は命の危険を伴うのだから、子供をつくるのを好まない皇后だっていただろう。そもそも皇后がいない天皇もいた。

 昔はエロ天皇が見目麗しき貴族の娘に片っ端から手を出した、という考え方は間違っている。むしろ、藤原氏をはじめとする中央貴族のほうが娘たちを使って色仕掛けで天皇に子供をつくらせたのである。それは天皇の外戚となることで権勢を得ようとしたためであった。もちろんセックスだけでは間がもたないので、さまざまな教養をもって天皇の関心を引いていたということはある。紫式部や清少納言は、天皇の関心を引き止めておくための前座みたいものだったのだろう。あそこに行けばまた楽しい話が聞けるというようなことになれば、そこの側室が皇子を産むチャンスも増えるわけである。

 こうやって女御などが天皇を独占していれば、いくら正式な皇后になっても生殖のチャンスがほとんどないこともありうる。天皇に9人の側室がいて、律儀に毎晩別の側室のもとを訪れているとしたら、正室のところに来るのは10日に一回、月3回の割合である。側室が多ければ多いほど皇后に皇子が生まれる可能性は低くなるのである。そこで、皇后に皇子ができなかったり、せっかく授かった数少ない皇子が育たないという状況で、結局は女御の子が天皇になるということが頻繁に起こったのではあるまいか。歴史を振り返ると「正室が生んだ男子が続けて皇位を継承したのは最長4代まででそれも歴史上3回しかない」というが、そりゃあたくさんの側室が一人の天皇を奪い合っていたのだから、そんなに続けて正室の子が天皇になれるわけないだろう。

 昔の天皇は一夫多妻で、それゆえに庶子(といっても藤原氏の娘)が多かっただけである。しかも、それは藤原氏の都合だったとも言える。天皇家に生殖戦略なんてなかったかもしれない。とりあえず皇子がいればいいし、あとで皇后の位を贈ればいい、という発想だったのではあるまいか。昔は妃などになるためには官位が必要だったり、藤原氏などの家柄でなければならなかったりと、制約が多かった。だから女御などで非公式に作った子が皇位を継ぐということになったわけである。

 それに対して現代では、皇后は特定の家柄でなければダメというものではないので、いわば始めから女御レベルで十分と規定しているようなものである。また、性交渉を妨害する側室がいないのだから、ごくふつうの性生活で2人くらいは子供は生まれるだろう。私の想像では、宮家が5つくらいあれば、なんとか血筋は存続するのではないかと思う。

 以下の表は、天皇125代のうち皇后以外の子が天皇になった場合をすべて列挙した。参考までに、125代に数えられない北朝の天皇についても列挙した。父親が親王や王の場合は12代あるが除外した。

注:{ }内で一字と見なす
代数 天皇名 生母の位 生母名 父帝の皇后
×:皇后不在
備考
22 清寧 皇太夫人 葛城韓媛 波多{田比}能若郎女
27 安閑 尾張目子媛 手白髪郎女
28 宣化 尾張目子媛 手白髪郎女
31 用明 皇太夫人 蘇我堅塩媛 石比売命
32 崇峻 蘇我小姉君 石比売命
33 推古 皇太夫人 蘇我堅塩媛 石比売命
39 弘文 宮人 伊賀采女宅子 倭姫王
41 持統 蘇我遠智娘 倭姫王
43 元明 蘇我姪娘 倭姫王
45 聖武 皇太夫人 藤原宮子 ×
50 桓武 夫人 高野新笠 井上内親王
53 淳和 夫人 藤原旅子 藤原乙牟漏
55 文徳 女御 藤原順子 × 太皇太后
56 清和 女御 藤原明子 ×
57 陽成 女御 藤原高子 ×
58 光孝 女御 藤原沢子 × 贈皇太后
59 宇多 女御 班子女王 × 皇太后
60 醍醐 女御 藤原胤子 ×
65 花山 女御 藤原懐子 昌子内親王 贈皇太后
66 一条 女御 藤原詮子 藤原{女皇}子
藤原遵子
67 三条 女御 藤原超子 昌子内親王
68 後一条 中宮 藤原彰子 藤原定子 二人目の皇后
69 後朱雀 中宮 藤原彰子 藤原定子 二人目の皇后
70 後冷泉 女御 藤原嬉子 禎子内親王
72 白河 女御 藤原茂子 馨子内親王
74 鳥羽 女御 藤原苡子 篤子内親王 贈皇太后
78 二条 宮人 藤原懿子 藤原忻子 贈皇太后
79 六条 宮人 土岐氏 妹子内親王
藤原育子
80 高倉 女御 平滋子 藤原忻子 皇太后
82 後鳥羽 典侍 藤原(坊門)殖子 平徳子
83 土御門 宮人 源(土御門)在子 藤原任子
84 順徳 宮人 藤原(高倉)重子 藤原任子
88 後嵯峨 典侍 源(土御門)通子 × 贈皇太后
89 後深草 中宮 藤原(西園寺){女吉}子 ×
92 伏見 宮人 藤原(洞院){リッシンベン+音}子 藤原公子
93 後伏見 典侍 藤原経子 藤原{金章}子
94 後二条 宮人 源(堀河)基子 ×
95 花園 宮人 藤原(洞院)季子 藤原{金章}子
96 後醍醐 典侍 藤原(五辻)忠子 ×
97 後村上 宮人 藤原(阿野)廉子 × 准三后
98 長慶 女御 藤原(坊門)勝子 ×
99 後亀山 女御 藤原(坊門)勝子 ×
100 後小松 宮人 藤原(三条)厳子 ×
101 称光 宮人 藤原(日野)資子 ×
103 後土御門 宮人 藤原信子 ×
104 後柏原 典侍 源(庭田)朝子 × 贈皇太后
105 後奈良 典侍 藤原(勧修寺)藤子 ×
106 正親町 宮人 藤原(万里小路)栄子 × 贈皇太后
108 後水尾 女御 藤原(近衛)前子 ×
109 明正 中宮 源(徳川)和子 ×
110 後光明 宮人 藤原(園)光子 ×
111 後西 宮人 藤原(櫛笥)隆子 ×
112 霊元 宮人 藤原(園)国子 ×
113 東山 典侍 藤原(松木)宗子 ×
114 中御門 典侍 藤原(櫛笥)賀子 幸子女王
115 桜町 女御 藤原(近衛)尚子 × 贈皇太后
116 桃園 典侍 藤原(姉小路)定子 ×
117 後桜町 女御 藤原(二条)舎子 ×
118 後桃園 女御 藤原(一条)富子 ×
120 仁孝 典侍 藤原(勧修寺){女青}子 欣子内親王
121 孝明 典侍 藤原(正親町)雅子 ×
122 明治 典侍 藤原(中山)慶子 ×
123 大正 典侍 柳原愛子 一条美子


北朝天皇
北1 光厳 女御 藤原(西園寺)寧子 ×
北2 光明 女御 藤原(西園寺)寧子 ×
北3 崇光 典侍 藤原(三条)秀子 ×
北4 後光厳 典侍 藤原(三条)秀子 ×
北5 後円融 典侍 藤原(広橋)仲子 ×
 

 後宮に関しては、《後宮后妃伝》が非常に役に立つ。

 
 

おまけ:朝生での注目発言から。

最初に会場の観客(若い人が多かった)にアンケート。
愛子さまが天皇になることに賛成の人に挙手を求める。
渡辺宜嗣「ほとんどの人が・・・」
田原総一朗「ほとんどじゃないよ」
実際は7割~8割程度か。のっけから印象操作かな?(^^ゞ
宮崎哲弥「紀子さまの第三子が男の子でも愛子さまが天皇になくのがいい人」
と口を挟むと3~4割に減る。質問の仕方でこれだけ印象がかわる。


 高森明勅が、狭義の女系(祖母-母-娘)と広義の女系(途中で女が入る)があると言い出す。なんだろうねえ、有識者会議の「女系」は広義の女系だが、そもそもこの「女系」は、「うちは○○家を名乗っているけど、本当はきちんと男系でつながっているわけじゃない」というインチキ家系を認めるニュアンスが含まれているんだけどねえ。

 「女系は関係概念だから、愛子さまのお相手が宮家であろうと女系だ」とも言う。いや、男系維持派はあくまでも室町時代まで遡って男系だと主張するのだ。愛子さまの配偶者を旧宮家の人から選んでもらうというのは、あくまでも直系との血のつながりに配慮してのことであって、直系でしか考えられない人が「それは女系だ」と言っているだけ。男系維持派は、愛子さまの直系で考えているのではない。


 女系容認である共産党の小池晃は、「ひとつの家族だけが天皇になれるのは、個人の平等や民主主義の立場からおかしいので、将来は天皇制をやめたほうがいい。」と発言した。結局は、共産党は天皇制廃止への一里塚として女系容認をしているという立場を明らかにしたことになるだろう。


 宮崎哲弥は、皇統のレジティマシー(legitimacy;正統性)に言及した。レジティマシーとは、「なんで」ということは聞けない、問うてはいけないもの、正しいから正しいとしか言えないもの。彼の言葉を使えば、男系をやめて女系を容認してなぜ悪いという議論自体が、皇統のレジティマシーを否定するようなものだね。(^^ゞ


 小林節は、皇族の人権が制限されているのは問題ではないかという田原総一朗の問いに対して、「皇籍離脱しないんだから、自分で不自由な地位にいるんだから窮屈でも問題ない。」と言う。まあ、その制約自体が人権侵害で憲法違反とまでは言っていないところはいいとしよう。

 小林節は、愛子さまの帝王学を早期に始めるべきかという問題に関して、「よき皇族の人として暮らしていれば天皇もできる。帝王学が早期からなされなければダメということはない。」との見解。私もそう思う。

 小林節は、「天皇に決めてもらえばいいは暴論。国民の賛成・反対が天皇(の決定)にぶつかって象徴ではなくなる。」と言う。そもそも(皇室典範改定によって)皇位継承を国民が決めること自体が暴論なんだけどね。そもそもそういうを暴論を許す日本国憲法が問題なんじゃないか? 天皇が決めたことに反対ならば、革命を起こせよと言いたい。


 小沢遼子は「側室を認めないんだったら、三年子なきは去るとか、五年男子が生まれなければ去る、をセットにすべきじゃないの?」とぶつくさ言っていた。今のような若い皇族男子2人状況の場合、あらかじめそれくらいの覚悟で妃になってもらわなければならないことは確か。若い皇族男子がほぼ5人くらいいる状況ならば、そこまで求めなくても大丈夫だとは思うが。

 また、「愛子さまは皇太子にそっくりじゃないですか。愛子さまの子が天皇になってもいいじゃない。」と近視眼的なことも言う。あのねー、顔が似てりゃいいってもんじゃないでしょ。明治天皇と皇太子殿下の顔は似ていないから、皇太子殿下よりも顔が明治天皇に似ている寛仁殿下のほうが天皇にふさわしいとでも言うの? 四代五代続いていくと、顔は似ていなくなるの。(親子でいうと)72世代も続いてきた天皇の場合は、彼ら全員の根源にあって全体をつないでいるものは、男系原則しかないんだけどね。Y遺伝子というのが即物的でイメージしやすいんだろうが。

 ところで、田原総一朗は、明治時代に南朝正統論が言われていたので、今の天皇は血筋としては南朝が続いているのだと思っていたそうだ。それくらいちゃんと系図を見て勉強しておいてくれよ。(^^ゞ 北朝と南朝にそれぞれ天皇がいると、日本に同時に二人の天皇がいることになって都合が悪いから南朝を正統とすることにしたんではないのか? 南朝の天皇が三種の神器を北朝の天皇に渡したので、それ以降の北朝系の天皇は正統ということになったはずなんだが。。。

 
 
 
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