時事評論@和の空間
こちらは右側通行です。    ※コメントおよびTBは承認後公開にしました。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 スポンサー広告 |

日の丸・君が代裁判 今回はライブドアPJがおもしろかった

 日の丸・君が代を教員に強制するのが違憲だという非常識な判決が2006年9月21日に東京地裁で出たが、ネット上にはこれに対するさまざまな意見が出ている。今回は、ライブドアPJオピニオンを見てみたい。

 いつもつまらいなライブドアPJオピニオンだが、今回はいいこと言っている。プロ(?)市民参加型のオーマイニュース・ジャパン(嗤)と比較して、ライブドアはまともなオピニオンを展開するようになってくるかな?

 
日の丸・君が代が違憲? 式典をする左派教師達(ライブドアPJオピニオン)》
いささか極端な話だが、同じ式典である葬式に例えてみれば分かりやすい。「友人の葬式に参列する事がなったが、派手好きな自分としては真っ黒な喪服は自分の思想の反する、思想・良心は憲法で保障されているので、自らの思想に合った金色のスーツで葬式に参列したい」などと申した者と、今度の左派教師の主張は全く同列である。式とは“形と秩序”が最も優先させるべき事項だ。

 自分の思想・良心の自由と矛盾対立する社会的場所にはいかない、そういう場所に出掛けるときは自らの行動上の自由を抑制して形式上は主催者側に合わせる、というのが社会人の常識だと思うんだが。左翼教師は何やってんだか。。。

 

 《慰謝料請求だって? 「先生」の国歌斉唱問題(ライブドアPJオピニオン)》は、もっと痛快だ。

カネのために信念をねじ曲げ、市民からカネをたかる。けれども教員としての職責は全うできない。こんな「先生」が、ぬるま湯につかったような学校という職場で、ゴキブリのように増殖しているのだ。こんな不逞の輩は「先生」失格というより人間失格の烙印を押されてもいたしかたない。
 
稀にみる反国家的な不当判決!国歌斉唱訴訟(ライブドアPJオピニオン)》
 「甘えるんじゃないぞ!」と、訴えを起こした側に非難の矛先を向けたい。都立高の教職員たちが起こした訴訟は「甘え」であり「権利に託(かこつ)けた我がまま」以外のなにものでもない。教職員も人間であり日本国民として思想信教の自由はある。だが、同時に「公務員」である。
 
……〔中略〕……
 
 また「強制は違法、違憲」と判断した東京地裁・難波孝一裁判長は、法律家であると同時に国家公務員であるにもかかわらず、国歌と国旗を否定するに等しい判決を下した裁判官として厳しく批判されなければならない。
 

 ライブドアPJは完全に右寄りかというとそうでもなく、上の記事に噛みついたPJもいる。《日の丸、君が代の判決はまともです(ライブドアPJオピニオン)》では、名にしおわば永野薫ちゃん【千葉県】が香ばしいオピニオンを放っているので、注目したい。

 日本人は日の丸を先頭に、戦争に駆り立てられたのです。ほんとうは負けているのに、勝った、勝ったとだまされて。だから、日の丸を嫌悪するのです。これは、普通の人間の普通の感情でしょう。しかし、戦後61年が経ち、戦争経験者も少なくなり、若い人たちは戦争の事実をあまり知らされていないので、国旗、国歌のどこが悪いと思われるのでしょう。それに年配者で、国旗、国歌に違和感のない人は、戦争で被害を受けていないか、被害の少なかった人ではないかと思います。
 
 軍人・軍属250万人、民間人50万人、アジアでは1500万人とも2000万人ともいわれる人々が生命を落としました。戦場や空襲あるいは原爆、どの一つをみても涙なしにはいられるものではありません。

 アジアの1500万人とも2000万人ともいわれる犠牲者の数が嘘くさいが、もし正しければ日本は勝った部類に入っているだろう。日本人の犠牲者が300万人とすれば5倍以上も殺したのだから。中国には勝ってアメリカに負けたというのが、おそらく大日本帝国軍の言い分だろうし、少なくとも軍事的優勢にはあったはずだ。

 それに、この人は大東亜戦争の頃に中国では国民党と共産党がしばしば内戦状態にあったことを知っているのだろうか? どうせ内戦の犠牲者を日本軍による死者に上乗せして提示しているに違いないのである。兵隊よりも武器を大切にしたと揶揄される大日本帝国軍が、無抵抗な民のために無駄に弾丸を体の中にくれてやることはほとんどなかったはずである。どうせ抵抗した共産党ゲリラが軍人ではなく民間人として数えられているだけである。

 もし被害者意識から国旗・国歌に反対しているのなら、この人自身は実際に戦争被害は受けていないだろうから欺瞞的意見だろう。また、もし仮に日本人の戦争犠牲者がゼロで敵国に大量の死者が出たとすれば、この被害者論理では国旗・国歌は(少なくとも日本国内では)日本人に違和感なく受け容れられることになる。戦争被害者がむしろ少数派になっている現在、そしてほんとどゼロになるだろうこれからは、ますます国旗・国歌に違和感を感じて反対する理由がなくなる。反対者の根拠は体験的なものではなくて観念的なもの即ち思想的なものである。被害者感情の論理はもはや無効になりつつあるのであり、また、敵国(中国)の被害者への思いやりも、敵国の被害者が存在しなくなる今日において有効性がますます小さくなっている。中韓が騒ぐ靖国問題も、もしほんとうに被害者意識から言っているのだとすれば、あと数年で消えるだろう高齢者の最後の叫びなのである。

若い人たちは、事実をご存じないままなのではないでしょうか。そのため国旗、国歌と社旗、社歌が同じにあつかえるのではないでしょうか。

 おお、そんなこと言うなら朝日新聞社の社旗をなんとかしてくれ。あれをみると旭日旗を思い出して、平和主義の私としては不快で不快でしょうがないんだ。私にとっては日の丸(日章旗)よりも戦後ほとんど使われなくなった十六条旭日旗のほうがよほど軍国主義の象徴的デザインなのである。ちなみに、明治3年5月15日太政官布告により「陸軍御国旗」が16条旭日旗に定められ、また、1889年(明治22年)10月7日に海軍旗章条例により帝国海軍の軍艦旗として十六条旭日旗が定められた。詳しくは《旭日旗(ウィキペディア)》 朝日新聞社の社旗は、おそらく大日本帝国軍の四分の一ほどの責任を象徴しているぜ。(嗤)

旭日旗

 ちょうどいい画像がないが、朝日新聞社の社旗は《こちら》を参考にしてほしい。

 教員が日の丸(日章旗)と旭日旗を一緒くたにして嫌っているようでは、若い人は歴史をよく知ることができない。旭日旗が日本の軍旗で、日章旗(日の丸)はもっと広範に日本国全体を意味する旗である。日本の帝国主義を批判したいならば、その象徴として日章旗(日の丸)ではなくて旭日旗を持ち出すべきである。日章旗を否定するのは、歴史的無知によるか、さもなければ日本国全体の否定(共産主義革命か?)を象徴的に意味することになろう。ちなみに、旭日旗を使っている自衛隊のみなさんは、そのような左翼の言論に負けずに頑張ってください。国防は絶対に必要な誇りある任務です。

 靖国参拝で異議を言っているのは、中国、韓国だけのように報道されていますが、シンガポールなどアジアの国々では、戦争中の日本軍のしたことをきっちり教えているそうです。日本人は忘れてもアジアの人たちは憶えているのです。このまま流されていては、近い将来にも国際摩擦になって、日本に跳ね返ってくるように思われます。

 シンガポールで華僑が盛んにアジっているの知らないの? それを朝日新聞などが大々的に取り上げているだけ。摩擦を作り出しているのは中国なのね。

 このPJは、たぶんまだ若くて左翼教育(このひと千葉県だもんなあ)や新聞社の洗脳から解き放たれていないのだろうけれど、朝日新聞のライブドアPJ支局にだけはならんでくれよ。(^^ゞ 私はこのページにはGoogleニュースで検索してきたわけで、一般のブログと違ってそれなりに多くの人に見られているんだから。

 
 
 
人気blogランキング
↑この記事がおもしろかった方、またはこのブログや私のメルマガを応援してくれる方は、是非こちらをクリックしてください。
 
↓本をご購入の際はこちら

 
 
スポンサーサイト
【2006/09/26 18:37】 教育 | トラックバック(4) | コメント(0) |

教員に国歌斉唱の強制は違憲だと?

 2006年9月21日、東京地裁で呆れる判決が出た。そこで、今回と次回でこの問題を扱うことにした。

 
 

難破難波裁判で日本丸が沈没する

 

 他のブログでも、この裁判長は忘れないぞと何度も名前を出している人がいたが。私も書いておきたい。一年ほど前に大阪高裁で靖国参拝は違憲という香ばしい判決を出した大ダニ政治という名前(だったかな?)の裁判長に続き、こんどは電波香一・・・あ、言い間違えた、(^^ゞ 難波孝一裁判長が非常識な判決を出している。

 強制はいけないなどと寝惚けたことを言ってきたから、卒業式が成立せずに広島で校長が自殺する結果まで招いたんでしょう。それでわざわざ国歌・国旗に関する法律ができたんでしょう。左翼教員のためだけに教育があるんじゃないの! 一般国民が次世代の健全な育成を願って教育に税金をつぎ込んでいるの! 国を軽視するというか反抗心さえ植え付けるような起立拒否・国歌斉唱拒否という象徴的行為を率先して学生に見せておいて、それがどうして教員と言えようか。教員は、国旗国歌という象徴物に反対するよりも、肝心の国の中身をよくすべきと教えていけばいいのである。

 実際、戦後教育がバラバラ家族をはじめ、孤立した人間関係や、まとまりなき国民を作り上げてきた。まとまっていったい何をするのかが最終的に問題なのだが、軍国教育のトラウマから、そもそもまとまりを作る根源力を否定することになったのが戦後教育なのである。国歌斉唱は、日本人としてのまとまりを意味する象徴的行為である。国旗・国歌を拒否しようというのは、日本という国のまとまりを拒否しようとする象徴的行為とも見なされる。拒否している本人たちはそう思ってはいないのだろうが、はたから見れば、「こんな教育をされていたら、若い世代が日本をまとめていこうとする気持ちを持てない。」と思うばかりである。

 べつに軍歌を強制しているわけではない。日の丸に対して軍国主義の匂いを感じるということ自体が、すでにトラウマなのである。まあ、幼児期に親からたっぷりと戦争中の不幸話を刷り込まれてきたのだろうから仕方がないのかもしれないが、なかにはGHQと戦後左翼思想のマインドコントロールから脱け出せない教員もいるのだろう。可哀相なことだ。むしろ教員をやめてひとりでゆっくり頭を冷やしたほうがいい。

 

 《『日の丸・君が代』被処分者のいま 私だけが座っていた(東京新聞 2006年9月19日)》が、判決前から少々デムパを発信していた。この記事は、2004年3月、東京都日野市の都立七生養護学校の卒業式の国歌斉唱のときに、百人を超える教員が一斉に立つ中で、教員としてはただひとり立たなかった河原井純子教諭(56)=現・八王子東養護学校=のレポート。

 「起立」派の同僚には「かつて私たちを冷たい目で見た人たちも皆、立ったじゃない」と言われた。その「皆」たちは「国旗国歌には反対だけど家のローンがある」「退職金をふいにできない」とこぼした。

 まあ、金のために信念を曲げるんだから、他人のことをとやかく言えるものではないな。左翼といっても甘ったれ左翼がほとんどだということだ。そもそも文部省や教育委員会などが勝手な教員を甘やかしてきたからこんなことになった。戦後日本は、君が代と日の丸のもとで再出発を果たしたということになっているんだから、その再出発の方向性が正しければ日の丸と君が代を問題視する必要はない。公務員としての教員は、自分達が“親方日の丸”で生きているんだということを忘れて貰っては困る。

 そして、処分を受け続けてきた町田市立鶴川二中の根津公子教諭(55)に関しては、停職期間中に校門前にメッセージを記したプラカードを手に日替わりで訪れていた様子をみて、

「給料もったいないから立っちゃいなよ」「君が代歌っても戦争になるわけじゃないでしょ」 登下校する生徒が声を掛けていく。

 あはは。生徒のほうがまともだ。思いやりもある。君が代を歌わせる人間は冷酷無比な人間だというような強い思い込みで反応する訂正不能な冷たい思想家たちとは違う。(嗤)

 笑ってしまうのが最後のデスクメモ。

旗を振ってお題目を並べるのはヤボだが、旗ならぬ権力を振り回すのはもっとヤボ。それに迎合しちまって、長いモノに巻かれるやからは下品でいけねえ。江戸庶民の伝統は「意気地」と「心意気」。それが粋ってもんだ。「心の東京革命」? 革命たあ恐れ入った。こちとら根っからの「保守派」なもんで。(牧)

 てやんでえ~、江戸庶民の伝統は「意気地」と「心意気」で、それが粋ってえ~もんかもいれねえ~が、処分されたってやせ我慢 するのが江戸っ子ってえ~もんよ。( ̄^ ̄) それを不当だと“お上”に訴えるほうがよっぽど野暮ってえ~もんさ。それに、卒業式で国家も歌わずに黙っているのが保守派なんて、おめえ頭がどうかしちまったんじゃねえか? お祭んときゃあ“はっぴ”を着て我先に神輿を担ぎにしゃしゃり出るのが江戸っ子よお!

 

 《国旗国歌の強制 違憲判決の重みをかみしめよ(愛媛新聞社説 2006年8月23日)》は結構つよいデムパを発信している。

 国際的なスポーツ大会では国旗掲揚や国歌斉唱がつきものだ。日本の選手やチームが勝利した後に日の丸が掲揚されたり、君が代が演奏されたら、誰もが感激を覚えるはずだ。  しかし、それは自然にこみ上げる感情だから尊いのであり、強制されたのでは興ざめだ。ましてや心豊かな子どもたちを育てる教育現場にあって、教師に強制するのはなじまない。

 「心豊かな子どもたちに強制するな」ならまだわかるが、自分の間違った感情だけで判断をして行動を決定するような教員では困るんだが。。。自分の中の日の丸に対する嫌悪感を克服して、子供達の心の中に平和な国の象徴としての日の丸イメージを作り上げるのが教師の役目だろうに。

 一九九九年八月に国旗国歌法が成立、施行されたのを受け、都教委は二〇〇三年十月に通達を出した。卒業式や入学式などで日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱するよう義務づけ、通達に基づく校長の職務命令に教職員が従わない場合は責任を問われるとした。
 その結果、都教委職員が各学校の式典に出向き、教員の誰が起立しなかったか、歌を歌わなかったかを調査するという異常事態になった。従わなかった教員は処分した。

 調査するのが異常事態ではなくて、起立しないのが異常事態だ。国旗国歌法が成立する以前に異常事態が起こっているのであり、それを異常事態として明確にするようになっただけの話である。まあ、愛媛新聞は教員の自分勝手が正常事態だと思っているようだから、話にならないが。

 県内の学校では以前から日の丸掲揚や君が代斉唱が定着しているため、職務命令などによる指導は行われていない。一方、共同通信の調べでは東京以外にも滋賀、広島、鳥取、福岡の各県が君が代斉唱などの職務命令を出して徹底を図っている。

 公立で扶桑社の教科書を採択したところは東京都の教育委員会と愛媛県の教育委員会だけである。愛媛県の教育委員会が正常だからスムーズに卒業式が執り行われているのである。ここに、正常な愛媛県教育委員会と、盛んに反日勢力の煽動をしている愛媛新聞という基本構図が見えてくる。

 こんな軍隊のような上位下達が教育現場にふさわしいわけはない。通達以降、校長は都教委の方針を伝えるだけのロボットみたいな存在になったという。教員は式典のたびに踏み絵を踏まされる心境だろう。

 はいはい、上意下達だとすべからく軍国主義ですか。ちなみに愛媛新聞は漢字が間違っているからね。そもそも集団にはそれなりの規律があるんでね。規律がなければ組織として目的が遂行できないだろう。だから、規律違反者は最悪で追放である。そのまえに集団の目的に賛同できない者は自主的に脱退するのが普通だ。日の丸や君が代という象徴物に敬意を払えないというのは、国家を軽視する態度を意味する。そういう人に教員であってほしくはない。

 
 
 

都知事と国のまともな反応

 
小泉首相「法律以前の問題だ」(2006年9月21日21時56分 スポーツ報知)》
 小泉純一郎首相は21日夜、教職員が国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する義務はないとした東京地裁判決について「判決は聞いてないが、人間として国旗や国歌に敬意を表するというのは法律以前の問題だ」と述べた。
 
 国歌斉唱などを強制することについても「法律以前に人格や人柄、礼儀の問題だ」と強調した。
 
 国歌斉唱しないことなどを理由とした教職員の処分については「これは裁判をやっている。裁判でよく判断してほしい」と述べた。

 これがまともな大人の意見だ。非常識な教員がいるから強制になり、それにも従わないから処分になる。そもそもこういう人が教員をやっていること自体が問題ではないのか。

 
石原都知事が控訴方針…国旗・国歌通達の違憲判断(2006年9月22日20時50分 読売新聞)》
 入学式や卒業式で教職員に国旗に向かって起立し、国歌斉唱するよう義務づけた東京都教育委員会の通達を違憲とした21日の東京地裁判決について、石原慎太郎都知事は22日の記者会見で「控訴しますよ。方針は変わらない」と述べ、控訴審で都側の主張を訴えていくことを明言した。
 
 石原知事は「式典で国旗・国歌に敬意を払う行為は(学校に)規律を取り戻すための統一行動の一つ。裁判官は実態を見ていない」と反論。通達は文部科学省の学習指導要領などに基づく適法なものだとして、「義務を怠った教師が懲戒処分を受けるのは当たり前」と述べ、正当性を強調した。
 
 一方、小坂文科相は、この日の閣議後会見で「これまでの判決と照らして予想外で、都教委の主張が認められなかったことは驚き」と話し、都の対応を見守る考えを示した。
 
         ◇
 
 都教委は22日、この問題で緊急の都立学校校長会を開き、従来の方針に変更がないことなどを伝えた。副校長などの代理を認めず、島部などの学校を除き251人の校長が出席した。
 
 出席者からは「今後どのようにして裁判を争うのか」「職務命令はどのように考えたらよいのか」といった質問が出され、都教委側は「態勢を強化して臨む」「判決で行政行為が阻まれるわけではない」などと回答。今後も、通達に従って対応するよう求めた。
 
 校長の1人は会合後、「職員に理解してもらうのは難しい面がある。矢面に立つのは私たちだ」と厳しい表情で話していた。

 裁判所がデムパを流して左翼教員に口実を与えてしまった。非常識な裁判所が校長を苦しめているのだということを理解して貰わなければなるまい。もっとも、電波裁判長は自分の判決がどういう結果をもたらすのか理解していないのだろうが。

 ところで、右寄りのネット上ではときどき批判される杉浦法相だが、今回は珍しく(?)まともなことを言っている。

 
「血塗られても英国は変えぬ」 国旗めぐり法相発言(朝日新聞 2006年09月22日13時02分)》
 東京地裁判決を受け、杉浦法相は22日の閣議後の記者会見で、「個人的な一議員としての感想」と強調した上で、英国旗「ユニオンジャック」を例に引き、「『血塗られたユニオンジャック』という表現があるくらいだが、それでも英国民は国旗として変えない。そこを思い起こしてほしい」と話した。判決は、国旗掲揚・国歌斉唱は有意義としながらも、日の丸、君が代が軍国主義思想の精神的支柱だったことに触れ、起立・斉唱拒否に理解を示した。
 
 杉浦法相は「一部報道では、日の丸・君が代が軍国主義を連想させると言うが、戦争に至った経緯とは関係がない」と話した。

 そう、この判決で最も異常なところは、日の丸・君が代に対するあまりにも偏向した観念を、教育上ひとつの正当な思想であるかのように扱ったことである。日の丸には暗い歴史的経緯があるというのならば、そもそも「教師」というものは戦前には軍国主義教育、彼らがきっと喜びそうな言い回しをすると殺人者養成教育を行なったのだから、日の丸・君が代に反対する教員は、そのような血塗られた学校および教師という存在そのものに自分がなっていることを忌避すべきなのである。昔のことを言い出したら、傷のないものなどこの世に存在しない。

 
 
 

このテーマは次回に続く。

 

〔参考記事〕主要新聞の引用が豊富
国旗・国歌、混乱させてるのは教師の方です(ぼやきくっくりFC2版)

 
 
 
人気blogランキング
↑この記事がおもしろかった方、またはこのブログや私のメルマガを応援してくれる方は、是非こちらをクリックしてください。
 
↓本をご購入の際はこちら

 
【2006/09/24 23:22】 教育 | トラックバック(5) | コメント(0) |

NHK「クローズアップ現代」杉並区教科書採択

 某国の etsuzou ousou yoku が本領を発揮してくれた。

 

 《9月20日のクローズアップ現代(ニッポンのこれから 2005年9月21日)》が内容を起こしてくれている。エライ! 当ブログでも引用させてもらった。

 《『檀君 WHO's WHO』》には、動画がある。このページの〔News Library〕というボタン(蝶のイラスト入り)を押し、「ニュース/ドキュメンタリー番組」という表の〔2005年9月20日 クロ現代/歴史教科書はこう採択された。WMV NHK〕という項目にある「WMV」のところをクリックすると動画が見られる。

 
 

1.すべては事実の歪曲から始まる

 まずは番組冒頭で事実関係を歪曲していたと思われる。

(扶桑社の歴史教科書は)神武天皇にまつわる神話を載せ、先の戦争については大東亜戦争という言葉を使い、アジアの人々の独立と解放が目的だったと説明しています。。
というナレーションが入った。

 さあて、あの教科書のどこに「アジアの人々の独立と解放が目的」と書いてあるのだか。扶桑社教科書には、「目的不明の泥沼戦争」と書いてあるのではないか? 私は面倒だからNHKに問い合わせはしないが、何頁の何行目のどの文をもってそう解説したのかを確認しておくべきなのかもしれない。NHK取材陣は行動の目的と行動の副産物とを区別できないのだろうか? あの教科書を読むかぎり、ABCD包囲網などにより日本は自衛戦争として対米英戦争を始めざるをえなかったというストーリー展開になっている。ひょっとして大東亜会議のことが念頭に置かれているのかもしれないが、それは長い戦争の終わり頃(1943年11月)になってやっと日本の戦争理念がはっきりしてきたということを意味している。

 NHKは中国や韓国でも見ているはずであり、教科書の記述内容に関して事実を歪めて報道した責任は大きい。なぜ彼らを誤解させるような報道をするのか。まるで朝日新聞と同じではないか。NHKは世界にウソをばらまいたのである。裁判でいえば、これは冤罪事件である。そして、NHKがこれに加担した。

 「神武天皇にまつわる神話を載せ、先の戦争には大東亜戦争という言葉を使い」という部分は、確かにそういう記述はあるが、この教科書が日本の軍国主義を復活させる意図をもっていると暗に示唆するような解説である。少々のウソを紛れ込ませながら事実をつなげて特定の意味を捏造するのは、報道機関にあるまじき行為ではないか。公共放送を自称する報道機関が、一般人に対して特定教科書への偏見をますます強めさせていいのだろうか。ちなみに映像では、「大東亜戦争(太平洋戦争)」と併記されている箇所が映し出されていた。

 番組構成上、まずはこのような扶桑社教科書に対する偏見を前提にしないと、反対運動が説明できない。扶桑社教科書は中韓が批判しているほど歴史を歪曲した教科書ではないという紹介で番組が始まったら、あとのインタヴューその他の意味づけがぜんぜん違った意味をもってくるのである。

 反対運動を採択運動と同等に扱おうとするNHKの表面的な“中立的立場”は、事実を隠蔽するという非常に“非中立的な立場”にいることを意味するのである。このような番組構成をした時点で、偏見に満ちた反対派の妨害工作によって静謐な環境での採択ができなかったという教科書採択の現実がもはや見えなくなってしまった。NHKは、各地教育委員会を回って、反対派のどのような妨害工作があったかきちんと取材してきたのだろうか。この放送自体が、反対派の圧力によって歪められているのではないか。

 
 
人気blogランキング
↑よろしかったらクリックをお願いします。m(_ _)m
 
 
 

2.教員によるお粗末な評価

 かつては学校ごとで各教科書の順位づけをした「学校票」を教育委員会に提出し、そこで最も評価が高かった教科書を教育委員会が追認することになっていたが、今は方式が変わり、現場の教師は記述式で全ての教科書について内容評価をして教育委員会に提出し、順位づけや一社に絞ることは禁止されている。その結果、

扶桑社については、「伝統文化の記述が充実している」などの肯定的な評価は2割にとどまり、一方で「一面的な記述が多い」「人物コラムなどの偏りが顕著」などの否定的な評価が6割にのぼりました。8社のうち一番低い評価でした。
という統計結果が出てきたという。

 扶桑社の教科書を読んだことがある一般人は、そんな評価を下すだろうか? むしろ評価をした教員の判断に偏りがありすぎるという問題があったのではないか。これもまた、NHKがあたかも扶桑社の教科書に偏りがあることが事実であるかのように報道しているのである。最初に扶桑社教科書の内容に関して予断をつくったためのミスリードである。あえて“意図的な”という形容詞はつけないことにしておくが。

 さらに、特定の人物を紹介して統計結果に具体性をもたせようとする。

教員の熊谷誠二氏は、「扶桑社の教科書は世界史と日本史との関連が薄い」などの理由であまり評価しなかった。
 扶桑社の教科書では十分に関連づけがなされているではないか。この教員がほんとうに中学校の歴史を教えているのだろうか。むしろ彼の歴史教員としての判断力を疑いたくなる。どうせ朝鮮人や中国人の抗日運動が書かれていないということを言いたいのだろうが、扶桑社教科書は、もっと広い意味での世界史との関連を示している。

 黒船来航以来、日本はもっぱらアメリカに対抗する歴史だったと思っている人も多いかもしれないが、戦争という観点から見るならば、明治以降は対ロシア(ソ連)戦略の歴史として捉えるほうがわかりやすい。朝鮮併合はロシアが朝鮮半島を支配するのを回避するためであり、さらに満洲国の建国もソ連に対する防波堤国家の建設だったといえる(←満州国の意味については扶桑社ではなく私の見解)。 扶桑社教科書は、このような反ロシア・反共産主義に貫かれた大陸政策がわかりやすくなっているのである。

 NHKでは明言するのを避けていたが、杉並親の会の裏にいるのは過激派の中核派である。だから、彼らが過激な反対運動をするのも当然であろう。きっと彼らは扶桑社の教科書が共産主義を批判している以下のような記述が我慢ならないのだろう。

共産主義の考え方では、労働者階級が団結して革命をおこし、資本家を追放して経済を計画的に運営し、階級による差別のない理想社会を建設することが目標にかかげられた。それを実現するための手段が、共産党にすべての権力を集中する一党独裁体制だった。
 ロシア革命後、共産主義国となったソ連では、レーニンの死後、スターリンが権力をにぎった。スターリンは、重工業の建設、農業の集団化を進め、秘密警察や強制収容所を用いて、数百万の人々を処刑した。ソ連は無階級社会の実現という理想をかかげていたが、現実には過酷な強制労働と膨大な数の犠牲者を生み出した。
扶桑社教科書より》
 
人気blogランキング
↑クリックしてくれることを再度お願いします。m(_ _)m
 
 
 

3.反対派の教育委員もお粗末

 五人の教育委員のうち二人が反対だった。

 一人は安本ゆみ委員であり、

「私は歴史の専門家でもないし、全部読んでどれがいいのかとか、私の歴史観もありますけど大切なのは現場の先生のお気持ちだと思います。私は教える先生が一番いいとおっしゃるものに手を挙げたい」
という発言。ほとんど説得力なし。自分の歴史観を隠して責任回避している。それどころか、学校教員の意見を重視するというのも表向きの理由で、ほんとうは自分が扶桑社教科書の歴史観を嫌っているということではないのか。そのあたりまできちんと取材しないNHKとは何なのだろうか。ちなみにこの人物、四年前の教科書採択のときには、日本政府が拉致を公認をしているのに、「拉致疑惑ということに関して、事実であるか、どちらともわかっていない段階で公の教科書に載せるのはいかがなものか」という意見だったそうだ。《→「女王の教室」と「クローズアップ現代」に見た日本の教育問題(悲しきアイアンマン 2005年09月20日)》 ここまで北朝鮮の肩をもつ教育委員がいること自体が杉並区の教育行政にとって一大問題ではないのか。NHKは、そういう背景には一切触れないで無難に番組作りをしていたわけである。

 もう一人は丸田頼一委員であり、「文字数が多く、ポイントがつかみづらい」のだそうだ。文字数が多いのは確かだが、それは内容が豊富であるという意味でもある。内容の薄っぺらな教科書のほうがいいというのでは、子どもを甘やかすだけである。また、ポイントがつかみやすい歴史などなく、あるとしたら特定の思想を効率よく教えるためのものでしかない。「ポイントがつかみづらい」とは、自虐史観にふさわしくない記述が多すぎて自虐史観で教えにくいという意味ではないか、と勘繰りたくなる。ちなみにこの人は千葉大名誉教授で環境計画学専攻とかいう。農学関係らしい。

 五人の教育委員の意見は、《杉並の歴史教科書>韓国の「市民団体」も似たよなアホだな(溶解する日本 2005年08月13日)》に比較的詳しい。

 賛成派の意見にもある程度ふれたのはいいとしても、結局は杉並区教育委員会は最も評価が低かった教科書を3対2で採択したということを強調した。グラフを使ってまで強調したのだから、そこに何らかの意図――はっきりいえば扶桑社の教科書採択には問題があったという暗示――があると疑われてもしかたがない。それは、現場の教員の評価と教育委員会の評価が異なったということだけを意味しているのだが、そして、むしろ評価を下した教員のほうに問題がある可能性も高いのだが、扶桑社教科書について何も知らない人が見ると、まるで杉並区の教育委員会が非常識な判断を下したかのように思えてしまう。教員の評価が妥当かどうかを検証せずにこのような報道をするのは問題である。

 
 
人気blogランキング
↑意地悪しないでクリックお願いしますよお~。(^^ゞ
 
 

4.四人の識者の意見

 次に、教科書採択についてどのような方法がいいのか四人の識者にインタヴューしている。

 

 一人目は教育評論家の尾木直樹氏。

「教科書で授業やるのはですね、現場の教師ナわけですから、なんか全然自分たちの意見も尊重されないで、どこから決まって降りてきた、というのを使って授業をやるのと、自分も一生懸命検討を加えて参加し、あれやこれや悩んで、それして一票投じて、自分のに決まらなかったかも分からないけれど、そういうプロセスを経て決まったものであれば、やっぱり愛着とか、責任感というものは全然違いますよね。責任を持って授業をやろうとしますし、非常にこう力も作って言いますか、教える意味でもね。だから、やはり現場の教師が、本当に責任を持ってプライドも持てる採択方式というのが、一番いいのかなと思いますね。」
 大切なのは先生よりも生徒のプライドね。生徒が卑屈になる歴史教育はダメに決まっている。教師ならば自分のプライドを顧みずに生徒の捨て石になれ。尾木氏は現場主義なのだろうが、骨のないお坊っちゃま君の考え方に私はつねづね呆れている。現場の教員には受けがいいかもしれないが、彼のような評論に基づいて教育したらマザコン坊やばかりが育って日本が滅びる。

 

 二人目は兵庫教育大学学長の梶田叡一氏。

「学校の先生方に決めさせたらいいって考え方があります。これも一見ね、理屈から言えば良いのかも知れませんけど、戦後60年間、どういったことが今まであったかということをね、思い出されたらいかがかと思うんです。これは日教組対文部省というね、不幸な、不毛なね、対立が長くあった。あるいは今でもですね、運動団体がですね、色々と細かいところまで口を出して、特に組織的にですね、教育を牛耳ろうというそういうことがあるわけですね、現実的に。
 今回も中核派が口を出して日教組が牛耳ろうとしていたのだが、それを報道できないのがNHKの限界である。こういう抽象的な発言を提示するのが精一杯。しかし、扶桑社教科書が悪い教科書であるという前提を吹き込まれた視聴者には、梶田氏が日教組などをスケープゴートに仕立てる非常に歪んだ思想の持ち主であるかのように見えてしまうことも忘れてはなるまい。

 

 三人目は国際基督教大学教授の藤田英典氏。

「あの、教育委員の個人としての意見ではなくて、地域住民がどれだけ、どういうことを望んでいるか、願っているかということを、やはり十分に、踏まえて判断すべきだと思いますね。教育委員会が独断専横的な判断をするようになると、その基本が崩れていくことになりますし、教育委員の選任の仕方にある意味で政治的な中立性を逸脱するような選び方が入り込むと、それもまた歪んでいくことになりますから、そういうことがないようにしていくことが重要だと思いますけどね。」

 杉並区の状況から完全に独立させて見るならば中立的な一般的意見のように見えるが、杉並区の教科書採択という特殊な文脈の中におくと別の意味になるのではなかろうか。左翼の圧力に負けるのは政治的中立性を逸脱したことにならないのかね。「杉並親の会」も地域住民でない人々も多いようだし。「権力は悪である」みたいな発想がにじみ出ていて、一見正論のようでいて、この教科書採択と関連させての発言だとじつに胡散臭い。

 

 四人目は東大教授の刈谷剛彦。

「今色々な教科書の問題が出てきていますが、それをどうやって使いこなすか、ある意味ではふたつの歴史観を比べてみるといった授業だってやろうと思えばできないわけじゃないんですよね。全部のことについて2冊使うっていうのは難しいでしょうけどね、非常に重要なテーマについては違う教科書を並べて読んでみて、その後ろにある考え方の違いは何なのかということを生徒に考えさせるとかですね、どうしてある見方が今出てきたのかということを考えさせるとか、こういう風にして、いわば歴史観というものがどういうものであるかということを生徒に学ばせる、一つの歴史観そのものを学ばせるんではなくて、歴史観というものが何であるかということを学ばせるっていう、そういう授業の方法ってできると思うんですよね。」
 私は彼の意見に賛成であるし、すでに私もそのような主張はしている。ただし教員にそれだけの教える能力があるのかどうか疑わしくもあるのだが。

 

 識者の抽象的なコメントを使って玉虫色の評価ができたことを褒めてやろう。玉虫色とは、見る人によってさまざまに読めるという意味である。この番組構成は、左翼連中の批判をかわすためには上等な出来であったのだろうと思う。だが、扶桑社教科書の内容を知らない大多数の人々にとってどのように見えているかが問題なのである。その意味では、NHKは見事に偏光報道をやってくれた。白日のもとにさらすと、まったく色合いが違うのがわかるはずなのだが、報道局がその責任を放棄しているようでは。。。

 
 
人気blogランキング
↑頼むからお願い!(^人^)
 
 

5.薄っぺらなまとめ

 “採択制度の現状と課題”がテーマでやってきたそうだが、教育委員の現状としては、

「実際に教科書選びに当たった、東京23区、各5人の教育委員100人余りにアンケートを行った結果、4人に1人が負担が大きすぎると解答しました。全教科で130冊以上の教科書を読み込んだ上で、各教科ごとに一冊の教科書を選ぶことに負担を感じているようです。」
ということなのだそうだ。NHKは杉並区の教科書採択を人数の問題として誤魔化そうというのか? 歴史教科書の採択は、もっと質的な判断が問題になっているのではないか? 教科別に教育委員会を大幅増員しても、同じことが起こるのは目に見えているではないか。結局は番組をうまくまとめられなかったということだろう。

「扶桑社の歴史教科書の登場が、歴史認識や採択方式をめぐる論議に一石を投じたことは事実です。」

 だからどうしたというのだ。そんなことは分かっている。その程度しか取材できないのか? その原因をもっと掘り下げるのが報道じゃないのか? もっと長時間かけて番組を構成するべきではないのか? 教科書採択には妨害工作が働いたということも取材すべきではないのか?

 番組冒頭で「歴史教科書はこうして採択された」という題名が表示された。そして、「教科書採択の現場を追い、その課題に迫ります」というナレーションが入った。ということは、教科書採択を一般化してお茶を濁すわけにはいかないはずである。歴史教科書にスポットを当てるのならば、まさに現場での反対運動の実情をレポートしなければ話が始まらない。また、教科書採択を公開することや、反対派に情報が漏れることの問題も議論されるべきである。

 

 最後の国谷キャスターの言葉。

「戦後60年、歴史認識をめぐる大きな議論がある中で、歴史教科書の採択がどのように行われたのか考えてきました。」
 国谷キャスターに毒づくのは可哀相なのだけど、何を考えてきたというのか? 何も考えていないじゃないか。これは採択方式の問題じゃなくて歴史観の対立の問題だろうに。その調整がどうあるべきなのかを考えていくのが、すなわち、反対派の電話やFAXやメールの攻勢による圧力で特定教科書が排除される現実を、公正な採択ができるような採択方式という観点から考えていくのが本道だろうが。NHKは、扶桑社教科書が採択されそうになった教育委員会だけが紛糾したという現実に目をつぶり、採択方式自体に何か問題があるかのようにまとめた。これは、扶桑社の教科書を採択した教育委員会は全国で0.4%なのに、さらにそれを減少させようという魂胆なのか? これこそ言論弾圧、そしてファシズムにつながる危険な誘導ではないか。

 きっと深く事実をえぐり出すと反対派が黙っていないのだろう。かつて「つくる会」の事務所が放火されたように、場合によったらNHKが脅迫をうけるかもしれないし、職員の安全にかかわるかもしれない。これは、情報に対するテロ活動になりうる潜在性を秘めているということである。それに対して賛成派はむしろおとなしすぎるくらいである。事実が明らかにされるためには、反対派と同じくらい大声で叫ばなければならないのだろうか。良識よりも大声が事実として通用してしまうのは情けないことである。NHKは、放送の中立性と身の安全とに挟まれて、あんな表面的な番組しかつくれないのである。これが歴史教科書採択の一つの現実だ。

 採択率が低いことに関して、反対派の妨害工作のほかに既存教科書会社と教育界の癒着が考えられている。《→なぜ進まぬ扶桑社教科書採択(反日勢力を斬る 2005年09月19日)》 そういうことも取材すべきだろうに、NHKはそれも省略しているようだ。

 
 

NHKはじつに表面的な番組構成で杉並区の教科書採択の現実を隠蔽した。

 
 
 
 
人気blogランキング
↑最後のお願いにあがりました。このブログを応援してくれる方は、きよき一票を! < 選挙はもう終わったちゅうねん。ヾ(^^)
 
 
 
 
 

人権擁護法案を考える市民の会

 

人権擁護法案が成立すれば
あなたの何気ない一言、文章、絵が
誰かに差別的だと見なされた場合、令状なしで
家宅捜査、資料押収、出頭要求。
協力を拒否したら処罰されます。個人名も公表される場合があります。
 
■□■人権擁護法案反対VIP総司令部まとめサイト■□■
人権擁護法案反対Flash(アニメーション)緊急特番 あぶない!?人権擁護法案 も御覧ください
この特番おもしろいですよ。一見の価値あり!
こんなマンガ(朝日新聞が推進している人権法案)もいかが?
 
続々と現われてくる人権擁護法案反対同盟
人権擁護法案反対同盟 人権擁護法案反対同盟 人権擁護法案反対同盟
 
 
国会議員情報局←人権擁護法案のほか外国人参政権や拉致問題などに関する態度の情報

 
 
 
 
 
なお、「p(^o^) 和の空間」では参考になるブログ記事のリンク集をつくっていますので、ぜひ御覧ください。
 
 
 
 
 
 

 
世界がさばく東京裁判―85人の外国人識者が語る連合国批判
佐藤 和男
価格: ¥1,680(税込)
 
東京裁判を厳しく批判したのはパール判事にとどまらず、世界の司法の権威、安全保障、外交および国際政治学の権威の多くが、厳しい東京裁判批判を展開していた。
 

 
歴史洗脳を解く!―ネット授業で大学生はどう変わったか
栗原 宏文 (著)
 
価格: ¥1,785(税込)
 
歴史認識をテーマとしたメディア批判論。
 

 
日本人はとても素敵だった―忘れ去られようとしている日本国という名を持っていた台湾人の心象風景 シリーズ日本人の誇り
楊 素秋 (著)
価格: ¥1,365 (税込)
 
「日本人は、日本人であることを大いに誇っていいのです。昔の日本精神はどこにいったのですか! 私はそう叫びたいです」 終戦まで日本人として生きた台湾人女性が証言する、当時の日本人像とは。
 

 
帰らざる日本人―台湾人として世界史から見ても日本の台湾統治は政策として上々だったと思います シリーズ日本人の誇り (2)
蔡 敏三 (著)
価格: ¥1,470 (税込)
 
私達が、祖父母や両親からきちんと語ってもらうことの出来なかった戦前、戦中、そして戦争直後のことを、日本時代を経験された台湾の「日本語族」の方々に語って頂いたものです。
 

 
母国は日本、祖国は台湾―或る日本語族台湾人の告白 シリーズ日本人の誇り (3) 柯 徳三 (著)
価格: ¥1,470 (税込)
 
台湾と中国大陸は違うんです。私の思う日本精神とは、人間性のある素直な精神です。捻くれた人間ではなく、真面目で正直だという事でしょう。これは、私だけでなく、日本時代を経験した台湾人は一般的にそう捉えています。
 
 
 
サーチする:
Amazon.co.jp のロゴ
【2005/09/21 23:28】 教育 | トラックバック(3) | コメント(0) |

教科書採択への圧力を回避せよ:岡山県総社市教委の弱腰

 

平和ボケした教育委員会に喝!

 
中学歴史教科書 岡山・総社市教委 扶桑社採択を断念 抗議相次ぎ一転(産経新聞 2005/07/30 09:20)
 岡山県総社市教委は29日、臨時教育委員会を開き、来春から使用する中学歴史教科書として大阪書籍の教科書を採択した。同市は当初、新しい歴史教科書をつくる会のメンバーらが執筆した扶桑社の歴史教科書の採択を目指して共同採択地区の離脱を文部科学省に要望していたが、一転して断念した。
 
 これに先立つ同日午前、中山成彬文科相は閣議後記者会見で、岡山県教委から事情を聴く意向を明らかにした上で、採択期間中の採択地区変更は可能との見解を示していた。
 
 総社市が扶桑社採択を求めていることが報道されたこの日、市役所には抗議の電話や電子メールが相次いだ。
 
 竹内洋二市長は「いったん決めたことは貫いてほしかったが、教育委員会には介入できない。私としては扶桑社の教科書が最もふさわしいという見解に変わりはない。大臣にまで見解を出していただいて申し訳ない」と話している。

 総社市教育委員会の危機管理能力のなさに、私は呆れている。そもそも「つくる会」教科書を採択する意向が外部に漏れた時点で、反対派の激しい抗議や妨害工作があるだろうことは自明ではないか。攻撃に対する防御までできないとは、平和ボケも甚だしい。この教育委員会は、戦力は永久に放棄するというお花畑平和主義の精神を学びすぎている。憲法でも“自衛のための戦力”は例外なのに。それなりの自衛策を怠ったこと自体を、私は大いに批判したい。今回の採択劇をとおして、お花畑平和主義は政治的圧力によって蹂躙されるという事実を“歴史の教訓”とすべきだろう。

 まず、電話での抗議によって業務に支障がでることは当然見越しておかなければならない。ならばすぐに臨時回線を敷いて、普段連絡をとりあう部署にはあらかじめその臨時回線の番号と使用期間を連絡し、表向きの電話はモジュラージャックを抜いておくくらいのことはしてもいい。ファックスも同様の手続きをとる。電子メールは、もちろん何も読まないという方法があるし、抗議のメールは題名から判別して読まないという方法もある。外部から余計なお節介をするほうがどうかしているのである。

 電話番・メール番を特別に雇うという方法もあろう。抗議内容を聞いて整理してから教育委員に伝達すれば、それによって、教育委員が悩まされることは比較的少なくなる。一般の用事はそのまま教育委員に回すようにしておけば、外部から電話番を雇っても業務上の秘密保持は可能であろう。

 地元の教育は自分たちで決めるという意志があるのなら、そうやって外部から直接的接触を回避するような策を練るべきなのである。「皆さんの意見を参考にしたい」のなら、はっきりとそう公言すべきである。そうすれば扶桑社の教科書が絶対にいいと推薦する電話やメールで業務が一切できないくらいになるだろう。(笑) 各教育委員会が自主的に判断する問題だと思うから、扶桑社の教科書が望ましいと思っている人々もあえて静かに見守っているのだ、という点を忘れてもらいたくない。

 もう一つ、「扶桑社の教科書を採択したら子どもたちを殺す」などという反対派の脅迫行為に対しては、すぐに警察の協力を求めるべきである。というか、扶桑社の教科書を採択する意向を固めた時点で、すぐに警察の見回りなどを要請すべきなのである。4年前には「つくる会」事務所が放火されたのだから、教育委員会や委員の自宅が狙われるかもしれない。防犯は警察の重要な仕事なのだから、危険の可能性があるなら防犯対策を要請するのは当然のことである。

 扶桑社の教科書を採択しようと思っている各教育委員会には、ぜひともこれくらいの自衛策は取り入れてほしいと思う。

 驚きなのは、総社市教育委員会がほんの数日で態度を翻してしまったことである。
 

中学歴史教科書 岡山・総社も「扶桑社」選ぶ(産経新聞 2005/07/29 08:00)
 岡山県総社市教委が、来春から使用する中学歴史教科書として、新しい歴史教科書をつくる会のメンバーらが執筆した扶桑社の教科書を選んでいたことが28日分かった。同市などで構成する共同採択地区は別の教科書を決めたため、総社市は文部科学省に対し、採択地区から離脱して単独で扶桑社を採択したいと要望した。
 
 (中略)
 
 関係者によると、総社市教委は26日の教育委員会で扶桑社を採択すべきだとの意思を確認した。総社市は倉敷市など2市7町で同じ教科書を選ぶ「倉敷採択地区」を構成しており、同日開かれた地区協議会で扶桑社採択を主張したが紛糾。翌日再び協議会が開かれ、多数決で大阪書籍の教科書が選ばれた。

 26日に地区協議会が紛糾し、27日に地区協議会で大阪書籍の教科書が選ばれ、総社市教育委員会は共同採択地区の離脱を文部科学省に要望、29日午前に文部大臣の「採択地区の変更可能」の見解が公にされ、29日に総社市教育委員会は大阪書籍の教科書を採択した。産経新聞が29日朝刊で報道した後に市役所に抗議が殺到したようである。だから実質的に半日でひっくり返ったことになる。これは異常だ。この事情をマスコミは十分に追跡すべきであろう。

 もしも教育委員会のみならず市役所全体に抗議の電話があふれて仕事ができなくなってしまったのなら、これは情報テロといってもよいかもしれない。もしそうであるならば、市役所はそれに対する防衛法を考えなければならない。ついでに、産経新聞も報道のしかたを考えなければならないだろう。今回の採択失敗は、産経新聞が自ら墓穴を掘ったようなものである。

 とはいえ、たしか大阪書籍は左寄りだから、それだけ総社市教育委員会が扶桑社の教科書を使いたいんだったら副読本として使えばいい。左右でこれだけ歴史のとらえ方が違うということを教えられれば、中学生も現在の日韓・日中の歴史認識の違いに目が開かれるだろう。左翼と市民団体がうるさいから、暗黙に扶桑社の教科書を副読本として浸透させるという戦略をとってもいいのではないかと思う。

 
 
 
 

私のブログ記事はどんどんリンクまたは引用してくださいね! 多くの人々に見てもらうことで日本人全体が危険な言説に惑わされにくくなりますので。

 
 
 
 
人気blogランキング
↑この記事がおもしろかった方、またはこのブログを応援してくれる方は、是非こちらをクリックしてください。
 
 
 
 
 
 
勝手にサポート 教科書再生!電脳教科書補完録(「つくる会を勝手にサポートする国民ネット」)
 
中学社会 新しい歴史教科書 (平成14~17年度 使用版)←「つくる会」の教科書の一部が読めます。
 
 
 
 
なお、2005年7月11日より前の時事評論は、「p(^o^) 和の空間」を御覧ください。
 
 
 
 
 
 

 
韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する―歪曲された対日関係史 小学館文庫
勝岡 寛次 (著)
価格: ¥580 (税込)
 

 
全「歴史教科書」を徹底検証する―2006年版教科書改善白書
三浦 朱門 (編集)
価格: ¥1,260 (税込)
 
こちらは日本の8社の教科書比較
 

 
教科書採択の真相 かくして歴史は歪められる PHP新書
藤岡 信勝 (著)
価格: ¥756 (税込)
 
 
 
【2005/07/30 19:30】 教育 | トラックバック(7) | コメント(0) |

PROFILE

桜井 和空
人気blogランキング
 ↑応援よろしく!
 
女系天皇に断固反対!
〔無料メルマガ『皇位継承Q&A』読者登録解除フォーム〕
メールアドレスを入力してボタンを押すと登録・解除できます。
登録フォーム
解除フォーム
バックナンバー
まぐまぐ
  • Author:桜井 和空
  • RSS1.0
  • MAIL

    03 | 2017/04 | 05
    S M T W T F S
    - - - - - - 1
    2 3 4 5 6 7 8
    9 10 11 12 13 14 15
    16 17 18 19 20 21 22
    23 24 25 26 27 28 29
    30 - - - - - -

    RECENT ENTRIES

    RECENT COMMENTS

  • 大和(01/03)
  • 大和(12/24)
  • (12/05)
  • 山本さゆり(11/27)
  • RECENT TRACKBACKS

    ARCHIVES

    CATEGORY

    いろいろプラグイン

    心に残る名言集


    LINKS

    LINKS (2)

    外国人参政権付与法案に反対
     
    人権擁護法案反対同盟
     
    Takeshima in JAPAN
    Takeshima (dokdo, dokto, tokdo, tokto) is Japanese Territory(島根県「竹島」の英文頁です)
     
    不法滞在のメール通報制度
     
    勝手にサポート 教科書再生!
     
    人気blogランキング
     

    ↑こちらへ登録すると自分の記事を評価してもらえます。
     

    SEARCH

    BOOKS


     

     

     

     

     

     

     

    ACCESS

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。